一、思いやる心伝える表現
敬語の歴史は古く、八世紀の「古事記」や「日本書記」に出てきます。敬語はほかの国の言葉にもありますが、日本語では主に、身分の上の人と下の人が円滑に言葉を交わすための表現として発達してきました。
国語学者の大野晋さんは50年ほど前、学習院大学で教えていた時、旧華族出身の学生が手のことを「御御御手」と言うのに驚いたそうです。尊敬・丁寧の意味を表す「御」を三つ重ねて「おみおて」。尊敬の使いすぎですね。
戦後になって、敬語は封建時代の遺物だから民主主義社会ではなくすべきだという意見もありました。国語審議会が1952年にまとめた「これからの敬語」では、敬語は各人の基本的人格を尊重する相互尊敬の上に立たなければならない、と言っています。
文化審議会が今年2月にまとめた「敬語の指針」(http://www.bunka.go.jp)です。コミュニケ-ションをうまく取れるようにし、確かな人間関係を築きために敬語は不可欠だと口説き、具体的な使い方を示しています。特に話題になったのが分類です。
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たたかれても、つつかれても、しぶとく低音でなきやまないセミが、横隔膜にしがみついたまま離れようとしないかのようだった。
そいつが体内で発生させる低周波のような欠乏感は手足の指先にまでじわりと伝わり、気力を根こそぎ萎えさせてしまう。場末のホルモン屋に腰をすえて、各種の焦げた内臓かrしたたり落ちる脂で唇をぬめらせた最後の晩飯から30時間余り経過した断食2日目の朝、私は育ちすぎた胎児のような脱力しきってベッドで丸まっていたのだった。
静岡県のJR伊東駅から車で20分ほどの伊豆山中にある、この断食ダイエットの施設は「ヒポクラティック・サナトルウム」という。断食専用といっても道場のように俗人を寄せ付けないいかめしさはない。高級別荘地やゴルフ場と隣合わせて、一見したところペンションのようなたたずまいをしていた。
主宰している内科医の石原結実さんは「おもいっきりテレビ」にもレギュラ-出演していた、ダイエット界では著名なドクタ-だ。過食ゆえに蓄積された体内の老廃物で血が汚れ、それが万病の元になると唱える石原医師が、血液を浄化する手段として提唱している断食療法は、飲まず食わずや、水しか飲めない難行苦行のそれではなくて、ニンジンジュ-スを飲む「ジュ-ス断食」である。
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